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佐賀地方裁判所 昭和49年(行ウ)4号 判決 1980年10月17日

原告 木須春次

被告 伊万里税務署長

代理人 川勝隆之 小柳淳一郎 宮川政俊 野田猛 川内将弘 江崎幸登 ほか四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

(一)、請求原因一ないし五、及び、原告の昭和四三年所得に関する(三)、被告の主張一、(1)、(イ)、別紙二、(8)記載の土地交換、譲渡がなされたこと、同じく昭和四五年所得に関する(三)、被告の主張二、(1)、(イ)、別紙三、(7)記載の土地交換、譲渡がなされたこと(但し、交換、譲渡の代金は、いずれも被告が原告の申告額として主張する限度)、(三)、被告の主張一、(2)、(イ)、別紙四、(1)、番号<1>ないし<13>並びに(三)、被告の主張二、(2)、(イ)、別紙四、(1)、番号<14>ないし<23>にそれぞれ記載のとおり、原告、原告の妻木須ワノ、長男木須幸雄の名義で被告主張の各物件が主張の代金により買受けられていること、右各買受物件につき、(三)、被告の主張一、(2)、(ロ)、別紙四、(2)、番号<1>ないし<5>、(三)、被告の主張二、(2)、(ロ)、別紙四、(2)、番号<6>ないし<11>記載のとおり、それぞれ合筆、分筆がなされていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

被告は、原告の昭和四三年分所得税に関する所得額、医療費控除その他の各種控除額、差引き課税所得額及び税額が別紙二、(1)、<d>の被告主張額欄(事業所得のみで譲渡所得は零)、その事業所得、譲渡所得(但し零)の内訳が別紙二、(2)、<d>、同(3)<c>の各被告主張額欄、右事業所得の期首棚卸高、期中仕入高、期末棚卸高、減価償却費の各明細が別紙二、(4)ないし(7)にそれぞれ記載のとおり、原告の昭和四五年分所得税に関する所得額社会保険料その他の各種控除額、差引き課税所得額及び税額が別紙三、(1)、<d>の被告主張欄(事業所得のみ)、その事業所得の内訳が別紙三、(2)、<d>の被告主張額欄、右事業所得の期首棚卸高、期中仕入高、期末棚卸高、減価償却費の各明細が別紙三、(3)ないし(6)にそれぞれ記載のとおりである旨主張し、原告は、原告の昭和四三年分所得及びその内訳が(三)、被告の主張一、別紙二、(1)ないし(3)の各<a>申告額欄記載のとおり(但し、事業所得と譲渡取得)、昭和四五年分所得及びその内訳が別紙三、(1)、(2)の各<a>申告額欄記載のとおり(事業所得のみ)である旨右被告の主張を抗争する。

そこで、まず原告の昭和四三年分所得について判断するに、同年分所得に関する本件の争点は、原告が譲渡所得として申告した所得が、被告主張のように事業所得であるかどうかの点と、事業所得である場合の総売上高及び売上利益額、所得算出の基礎となる各種必要経費のうち、租税公課、減価償却費、給料賃金、専従者給与の各金額、並びに各種控除費目中医療費控除の有無であるところ、被告が右事業所得を構成すべき土地譲渡収入金として主張する(三)、被告の主張一、(1)、(イ)、別紙二、(8)記載の各土地交換、譲渡がなされたこと自体は、前記のとおり原告において争わず、原告は、右土地交換・譲渡のうち、別紙二、(8)、番号<3>の土地売却代金を四六万七、〇〇〇円とし、同番号<4>の土地売却代金一〇〇万円、同番号<5>の土地売却代金九〇万円と併せ合計二三六万七、〇〇〇円を、別紙二、(3)の<a>欄記載のとおり、譲渡収入金二三六万七、〇〇〇円であるとして確定申告し、本件でも右申告どおりの主張をしている。

しかるところ、<証拠略>、及び前記当事者間に争いがない事実を総合すると、次のような事実関係を認めることができる。

すなわち、本件当時、原告は、肩書住所で従業員約八名、ブルドーザー等重機数台、乗用車、ジープ等を擁し、伊万里ブルドーザーの屋号で土木建設業を営んでいたこと、原告の妻木須ワノは、原告の肩書住所地で食堂をし、また、原告の長男木須幸雄は、もと市役所に勤務していたが、その後妻木須恵美子と共に、右原告の土建業を手伝うようになり、原告から賃金を得ていたこと、もつとも、原告の妻木須ワノについても、原告の昭和四三年ないし昭和四五年各所得税確定申告では、いずれも無収入として配偶者控除の適用が申告され、被告からそのように承認されていること、原告は、以前伊万里で自動車教習所を経営したことがあるところ、再度新たな自動車教習所の開設を企図し、昭和三九年四月二七日訴外東島計介から別紙四、(1)、番号<1>ないし<6>の山林、原野六筆、地積合計約一、六二七坪(一、六四一・二坪)を代金二五万円で買受け、昭和四二年以前にこれを自己の事業用ブルドーザー等で平坦な土地に造成し、また、昭和四三年二月八日同訴外人から右番号<7>の山林八四八坪を、代価二〇万円、うち一五万円につき原告の同訴外人に対する工事代金一五万円と相殺処理で取得して、昭和四〇年から昭和四三年までの間に同様に造成したほか、その前後を通じ、別紙四、(1)、番号<8>以下の土地を取得し(但し、番号<8>ないし<12>、<22>、<23>は妻木須ワノ名義、同番号<13>は長男木須幸雄名義)、そのうち未造成のものを順次造成し(但し、同番号<8>、<9>の土地を除く)、結局、昭和四四、五年頃までに総合計約三、三〇〇坪を造成したこと、右造成費用は、原告の所得税申告の際の申立や、原告が所得調査に当つた伊万里税務署職員に述べたところにより、坪当り昭和四三年分二、八五〇円、昭和四四年分三、〇〇〇円であり、右両年分の差額と物価の変動を考慮し、昭和四二年以前分坪当り二、七〇〇円、昭和四五年分同じく三、一五〇円とそれぞれ推計されること、原告は、右造成途中の昭和三九年ないし昭和四〇年頃、佐賀県労働者住宅生活協同組合から、右造成中の土地を伊万里地区住宅用地として買受けたい旨交渉されたが、自動車教習所開設の目的を理由に拒絶し、昭和四一、二年頃知り合いの警察職員を通じて、県警交通課職員から、自動車教習所開設のための人的組織、物的設備、コースの事例、開設届の方式、その他につき、書面によるアドバイスをうけたこと、しかし、その後、右開設のための具体的準備に着手しないまま、昭和四三年一月二五日別紙四、(2)、番号<1>のとおり、別紙四、(1)、番号<8>伊万里市大坪町学校裏甲二、五三〇番山林五二二坪の土地(但し、妻木須ワノ名義)を同番の一、二一九坪と同番の二、三〇二坪に分筆のうえ、同年二月一四日後者を訴外東島計介に譲渡して、代りに同訴外人から別紙四、(1)、番号<10>、<11>同所二、四八六番の一、二、山林合計二〇六坪を交換取得(但し、妻木須ワノ名義)し、また、同年九月二四日別紙四、(2)、番号<2>、<3>のとおり、前記造成後の別紙四、(1)、番号<1>ないし<6>の土地を同町葉蓋甲二、五二三番宅地一、六二七・五九坪として合筆後、同番の一ないし五の五筆に分筆のうえ、同日、同番の二、六三・二四坪を訴外井田正夫、同番の三、七七・二〇坪を訴外小島学に譲渡して、訴外井田正夫から代りに別紙四、(1)、番号<12>の同町学校裏甲二、五三五番の三、原野八一・三七坪を交換取得(但し、妻木須ワノ名義且つ造成後の土地)、訴外小島学から代金七〇万円を取得し、同年中、更に一〇月三〇日別紙四、(2)、番号<4>、<5>のとおり、右二、五二三番の四、五の宅地を一旦合筆後、再度同番の四、八一・三四坪と同番の五、八一・三三坪に分筆し、前者を訴外末永利夫に代金一〇〇万円、後者を訴外長谷川裕好に代金九〇万円でそれぞれ譲渡したこと、そして、その後も、自動車教習所の開設にとりかからないでいるうち、昭和四三年秋頃より右造成地の一部を大蔵省地方出先機関の宿舎用地に分譲して貰いたい旨懇請され、同年暮れから昭和四四年にかけて、別紙四、(1)、番号<17>同町葉蓋甲二、四六八番の一三の土地、及び別紙四、(2)、番号<6>ないし<8>の合筆、分筆を経た同番の一六、一七の各土地、いずれも造成後の合計約五一二坪を代金七五〇万円で国(大蔵省)に譲渡し、また、昭和四四年六月一〇日頃別紙四、(1)、番号<12>の造成地約八一坪を代金一二八万円で訴外松尾伝次、同年一二月一九日右合筆、分筆後の造成地同所二、四六八番の一五、一〇〇坪を訴外川原国次にそれぞれ譲渡、同年一〇月二日訴外東島計介との間で、同じく右同所二、四六八番の一五、二〇二坪と別紙四、(1)、番号<17>、<18>の土地とを交換し、昭和四五年には、電々公社の宿舎敷地が新設の国道用地の予定になつたことから、要請されて、同年三月二六日造成後の右別紙四、(1)、番号<18>の同町葉蓋甲二、四六八番の一四と、別紙四、(2)、番号<2>、<3>、<9>の合筆、分筆後の同所一、五二三番の六、合計約三二八・八七坪を同公社に譲渡し、代りに同公社から交換取得した別紙四、(1)、番号<20>、<21>の新天町坂口九二番の一、二、旧公社宿舎敷地合計三二三・六七坪を、同日右国道用地として国(建設省)に代金六二八万二、九〇二円で譲渡したこと、原告は、右のような土地分譲を重ねる過程で、前記購入土地及び造成地につき別紙四、(1)記載のとおり合筆、分筆を繰り返し、後でまた説明するとおり、昭和四五年中、更に、少くとも一〇〇坪を自己の住宅用地に供し、訴外松尾敏夫、同中野勝利らにも分譲したのに続き、昭和四六年頃、伊万里川拡幅工事の際の移転先用地として、土地開発公社の譲渡要請をうけいれることにより、最終的に、前記自動車教習所の開設を断念し、現在、原告の造成地は、そのすべてが住宅用地等に使用されるに至つていること、別紙四、(1)の各取得土地のうち、原告の妻木須ワノ名義の番号<8>ないし<12>、<22>、<23>の土地、及び長男木須幸雄名義の番号<13>の土地について、それらの購入代価を同人らで直接負担した形跡がないうえ、これらの土地(但し、番号<8>、<9>の土地を除く。)も、他の原告名義の取得土地と一緒に、原告が自己の事業用ブルドーザー等で造成したこと、しかし、原告と同人ら間で右造成費用の精算がなされたことはなく、また、右各地は、造成後造成による開発利益が土地価格の大半を占めているけれども、その開発利益に関する精算も行われていないこと、右各地のうち、番号<12>の土地は、前記のように昭和四三年九月二四日原告が原告名義の別紙四、(2)、番号<3>の分筆後の同町葉蓋甲二、五三三番の二、宅地六三・二四坪を訴外井田正夫に譲渡した代償として、同訴外人から交換譲渡(但し、交換当時造成済み)されたものであり、しかも、昭和四四年六月一〇日頃訴外松尾伝次に代金一二八万円で売却されているところ、その代金が昭和四四年所得税の修正申告で原告の事業所得金として計上されていること、そして、木須ワノ、木須幸雄名義のその余の取得土地も、造成後、最後にはすべて原告名義の土地に合筆されたうえ、前記土地開発公社その他に売却処分等され、その売却代金も原告が銀行借入金の返済や前記自宅建築資金の一部に充当したこと、原告は、昭和四三年所得税確定申告の際、本来のブルドーザー工事収入金五九二万八、六二二円を事業所得の売上、前記同年九月二四日訴外小島学、一〇月三〇日訴外末永利夫、同長谷川裕好への各土地譲渡による収入を譲渡所得とし、訴外小島学関係四六万七、〇〇〇円、合計二三六万七、〇〇〇円をその譲渡価額として申告し、本件訴訟でも右主張を維持しているが、昭和四四年所得税の申告では、当初本件造成地の分譲による利益を譲渡所得としていたのを、税務署の指導により、事業所得に含める修正申告に、結局応諾しており、また、昭和四五年所得税の申告では、確定申告の時から、右造成地の分譲による利益を事業所得に含めていること、なお、原告は、右各年度の所得申告に当り、本件一連の土地購入から造成等に要した、資金借入れのための費用や使用人の人件費その他の経費を、本業である土木建設業の経費と区別せず、それに含めた経理をしていること、更に、原告は、前記昭和四三年八月二七日訴外小島学、同年九月二四日訴外井田正夫、同年一〇月三〇日訴外末永利失と長谷川裕好、同年暮れから昭和四四年にかけて国(大蔵省)、昭和四五年三月二五日国(建設省)に対する右六件の分譲行為につき、昭和四五年一〇月二二日伊万里簡易裁判所で宅地建物取引業法違反(同法一二条一項、二四条二号)として罰金五万円に処せられて確定したこと、以上のように認めることができ、右認定に反する証拠は存しない。

右事実によれば、原告は、自動車教習所の開設を企図して、昭和三九年以降別紙四、(1)記載のように(但し、番号<20>、<21>の電々公社より交換取得分を除く)、訴外東島計介ほかから山林、原野等を購入し、それらを自己の事業用ブルドーザー等で順次平坦な土地に造成したものであり、右認定の昭和四三年内の土地譲渡、すなわち別紙二、(8)の同年二月一四日以降一〇月三〇日まで訴外東島計介ほか四名に造成地等を分譲(但し、訴外東島計介及び同井田正夫の関係は交換)した当時、既に自動車教習所の開設を断念していたと認め得ないのは勿論であるが、右土地購入及び造成の点を除き、開設のためのその余の具体的準備行為に着手しないまま、右昭和四三年内の分譲に続き、いずれも個別の要請によるとはいえ、同年暮れから昭和四四年にかけて造成地約五一二坪を国(大蔵省)、昭和四五年三月同じく約三二八坪を電々公社に譲渡し、その前後何人もの民間人への分譲も重ねたうえ、昭和四六年頃伊万里市土地開発公社への譲渡を承諾した時点で、最終的に自動車教習所の開設を断念したのであつて、昭和四三年内の造成地分譲も、結果的に山林、原野等を購入して宅地に造成し、それを多数人に分譲することに終つた、とみざるを得ない一連の行為の一部を構成する、ということができる。

また、別紙四、(2)、番号<8>ないし<12>、<22>、<23>及び同番号<13>の木須ワノ、木須幸雄名義の取得土地については、同人らが原告の妻と長男であつて、右土地購入代金を同人ら自身で負担した事実が認められないうえ、これらの土地(但し、番号<8>、<9>の土地を除く。)も原告が他の土地と一緒に造成し、造成後その多くが原告名義の他の造成地に合筆されて、売却処分等され、木須ワノ名義のまま処分された土地の代金も原告自身の収入として処理されており、その間相互に経済的精算がなされた形跡も窺えないので、これら土地の取得名義はいずれも形式上のものに過ぎないと認めざるを得ず、所得税法一二条の趣旨に照らし、右各土地の購入、造成、処分による収益の帰属主体も、実質的に利益を納めた原告であると解するのが相当である。

しかして、被告が原告の右昭和四三年中の造成地等分譲による収益を事業所得と主張し、原告が譲渡取得である旨これを争つていること前記のとおりであるところ、譲渡所得は、土地その他の資産で本来販売を目的としないものを譲渡することによつて生ずる所得であり、棚卸資産の譲渡、その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡による所得を含まない(所得税法三三条一、二項)のであるが、その本質はキヤピタルゲイン、すなわち「資産の長期にわたる保有期間中に、所有者自身の意思によらない外的条件の変化、たとえば物価の騰貴、環境や社会状勢の変化等に基因して逐年生じた資産の値上りによる増加益を所得として、その資産が個々所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のもの」(東京高裁昭和四八年五月三一日判決、行裁例集二四巻四・五号四六五頁)であつて、仮に本来販売目的のない資産であつても、右のようなキヤピタルゲインでない所得、つまり当該資産に所有者が造成、改良、区画変更等の積極的作為を加えて生じた価値の増加による所得は、右譲渡所得に含まれず、もしその価値増加をもたらす所有者の作為が所得税法二七条の「事業」であれば、実質的に棚卸資産の譲渡による所得として事業所得であり、そうでないときは、同法三五条の雑所得になると解せられる。

しかるに、原告の昭和四三年の造成地等分譲当時、既に自動車教習所開設の目的が失われていたといえないことは、前に説明したとおりであり、従つて、分譲土地も本来販売を目的とした資産ではなかつたといい得るけれども、原告の意図如何に拘らず、昭和四三年の譲渡が山林、原野等を購入、造成して、分譲することに終つた本件一連の行為の一部であることも右説明のとおりであるうえ、各譲渡利益の内容をみると、前記認定した別紙二、(8)の同年の譲渡のうち番号<1>、<2>の代価、すなわち交換取得土地の価額は、後記のようにそれぞれ一〇万円と六九万三、〇〇〇円であるところ、右番号<1>は未造成地をそのまま交換したものであるが、同番号<2>ないし<5>は、前記認定のとおり、別紙四、(1)、番号<1>ないし<6>の山林、原野、合計約一、六二七坪、購入代金二五万円を坪当り二、七〇〇円の費用で造成後、合筆、分筆による区画を定め、分譲されたものであつて、分譲地積三〇三・一〇坪(63.23+77.20+81.34+81.33=303.10)、代価合計三二九万三、〇〇〇円(693.000+700.000+1.000.000+900.000=3.293.000)に対する仕入価格四万六、五七三円(250.000+1.627×303.10=46.573)、造成費用八一万八、三七〇円(2.700×303.10=818.370)である。

従つて、右別紙二、(8)の昭和四三年の分譲についても、そのうち番号<2>ないし<6>の関係で、分譲土地の原価八六万四、四九四円(46.573+818.370=864.494)のなかに占める素地取得価格の割合が僅か五・三パーセントに過ぎず、原告がもとの山林、原野等を購入後、造成して分譲するまでの保有期間も昭和四三年九、一〇月までの約三年半程度、その間の時の経過による地価の値上りも少ないということができるので、原価の二・八倍、素地取得価格の約五二倍にも達する荒利益二四二万八、〇五七円(3.293.000-864.494=2428.057)は、その大半が、原告の造成と合筆、分筆等による開発行為により生じたものといわなければならず、この点で、前記キヤピタルゲインを本質とする譲渡所得には該当しない、と解せざるを得ない。

しかして、右所得が事業所得か雑所得かの点は、本件原告の行つた一連の土地購入、造成及び分譲の行為が所得税法二七条、同法施行令六三条に規定する「事業」に該当するか否かによつて定まるのであるが、同法上事業所得を生すべき事業は、法文に例示されているものを含め、一般に、対価を得て継続的に行われ、社会通念上事業、と認められるものを総称すると解せられるので、原告の本件行為が業として行われた場合、それが右「事業」に該当することはいうまでもないところ、前記認定した事実によれば、原告は、土木建設業を本業とするものであり、その土木建設業の使用人や機材を用いて、本件の造成工事を行つているばかりでなく、本件一連の土地購入、造成、分譲の行為も、昭和三九年頃から昭和四五、六年頃まで六、七年の期間、造成土地の総合計地積約三、三〇〇坪に及び、分譲対象者も昭和四三年以降昭和四五年までで一二名前後に達していることが明らかである。

しかも、原告が本件一連の土地造成に要した造成費用は、昭和四二年までに造成された、別紙四、(1)、番号<1>ないし<6>の約一、六二七坪と後記のように同番号<7>の八四八坪のうちの四分の三、六三六坪、合計二、四七五坪分で、坪当り二、七〇〇円としてそれぞれ四三九万二、九〇〇円と一七一万七、二〇〇円、合計六一一万〇、一〇〇円という金額に達しており、また、分譲の程度も、昭和四三年が五件売上高三三九万三、〇〇〇円、売上原価九六万四、四九四円との差額荒利益二四二万八、〇五七円、その売上原価に占める造成費用の割合九〇パーセント以上、昭和四四年が五件、うち四件の売上高一、〇二八万円、昭和四五年が後記のように五件(自己使用分を除く)売上高一、七一六万五、八〇四円であつて、その経済活動自体事業としての本格的規模、形態を有するものであるうえ、本件一連の行為による売上高と申告による原告の土木建設業の売上高とを比較してみても、昭和四三年が本件の売上高三三九万三、〇〇〇円に対し土木建設業の売上高五九二万八、六二二円、昭和四五年が本件の売上高(自己使用分を除く)一、七一六万五、八〇四円に対し、後記のように土木建設業の売上高三六〇万一、七五〇円である。

従つて、右のような事実を総合し、更に、原告が本件一連の土地造成に用した経費を本来の土木建設業の経費と区別する経理をしておらず、そのような経理を前提にする限り、必然的に土木建設業の経費部分が不相当に増大することにならざるを得ない(現に原告の昭和四三年分所得税の確定申告では課税所得額がマイナスになつている。)ことを併せ考えると、原告は、本件一連の行為につき、或る時点まで自動車教習所開設の目的を有していたとしても、結果的に一般の宅地開発業者が行うと同種の事業を行つたものというべく、とりわけ、そのうち土地造成の部分は、土木建設業者としての人的、物的設備並びにその専門的知識、技術により、本来の土木建設業の延長として行つたものと認めるのが相当であり、そうすれば、本件の昭和四三年分収益による所得も雑所得ではなく、事業所得であるということになる。

そこで、右収益を事業所得とし、以下、昭和四三年分の利益額、必要経費中の租税公課、減価償却費、給料賃金及び専従者給与の額、差引き所得金額、次いで医療費控除有無の各争点につき、順に検討するに、最初に、右利益額については、前記認定のとおり、別紙(二)、(8)記載の同年分土地分譲のうち、番号<3>ないし<5>の売上高が合計二六〇万円(<3>七〇万円、<4>一〇〇万円、<5>九〇万円)であるところ、同番号<1>の代償地、別紙四、(1)番号<10>、<11>の土地の代価が一〇万円であること前記のとおり原告において争わず、またその分譲地の取得価格も、別紙四、(1)、番号<8>、<9>の土地取得価格二一万円(この点も前記のとおり当事者間に争いがない。)を地積で按分し、約九万九、七五一円であるから(右分譲は未造成のままなされている。)、右別紙二、(8)、番号<1>の売上高が一〇万円、また、同番号<2>の代償地、別紙四、(1)、番号<12>の土地(但し、交換当時造成済みであつたことは前記認定のとおり)の価格も、同様に原告においてその取得代価六九万三、〇〇〇円を争わず、<証拠略>により、同年中原告が分譲した右番号<3>ないし<5>の三件の分譲代金と比較して、被告主張の坪当り一万一、〇〇〇円、計六九万三、〇〇〇円を下らないと認めることができ、右認定に反する証拠は存しない。

従つて、同年分の土地分譲による売上高は、右番号<3>ないし<5>の二六〇万円に、番号<1>の一〇万円、番号<2>の六九万三、〇〇〇円を加え三三九万三、〇〇〇円(2.600.000+100.000+693.000=3.393.000)となるが、前記認定した事実によれば、原告は、同年二月八日訴外東島計介より別紙四、(1)、番号<7>の土地を購入した際、同訴外人に対するブルドーザー工事代金一五万円と右土地買受代金のうち一五万円とを相殺処理しているのであるから、その関係で本業の土木建設業におけるブルドーザー工事の売上金一五万円を計上しなければならず、結局、同年分事業所得の総売上高は、別紙二、(2)、<d>の被告主張額のとおり、原告が申告したブルドーザー工事収入金五九二万八、六二二円に右三三九万三、〇〇〇円と一五万円を併せ、合計九四七万一、六二二円となる。

しかして、原告の本件一連の行為による収益を事業所得とする場合、分譲に供された土地及び造成費相当の価格上昇分は棚卸資産の性格を帯びるところ、<証拠略>及び前記当事者間に争いがない事実によれば、昭和四三年期首における右棚卸資産が別紙二、(2)、<d>及び同(4)の被告主張のとおり、別紙四、(2)、番号<2>、<3>の合筆、分筆後の五筆の土地、その代価二五万円とこれらの土地の造成費、前記認定の坪当り二、七〇〇円(昭和四二年以前)として四三九万二、九〇〇円、前記認定のように別紙四、(1)、番号<7>の土地八四八坪を昭和四〇年から昭和四三年までの間に造成した造成費のうち、按分推計による昭和四二年までの四分の三、六三六坪分、坪当り二、七〇〇円の造成費一七一万七、二〇〇円、別紙四、(1)、番号(13)及び<8>、<9>の各土地、その代価併せて二七万円(六万円と二一万円、前記のとおり当事者間に争いがない。)、右合計六六三万〇、一〇〇円であり、同年期中における仕入れ棚卸資産が同様に別紙二、(2)、<d>及び同(5)記載のとおり、別紙四、<1>、番号<7>、<10>ないし<12>の土地、その代価合計九九万三、〇〇〇円(二〇万円と一〇万円及び六九万三、〇〇〇円、前記のとおり当事者間に争いがない。)であること、及び同年期末棚卸資産も同様に別紙二、(2)、<d>及び同(6)記載のとおり、別紙四、(2)、番号<3>の分筆、分譲後の残地、同町葉蓋甲二、五三二番地の一、約一、三二四坪、元地取得代金二五万を地積に按分してその代価二〇万二、五〇〇円、当該部分に投入された造成費を昭和四三年の坪当り二、八五〇円に評価した三七七万三、四〇〇円(1.324×2.850=3.773.400)、別紙四、(1)、番号<7>の土地、その代価二〇万円と、同土地の造成費二三三万二、〇〇〇円〔正確には、二四一万六、八〇〇円(848×2.850=2.416.800)であるが、期末棚卸高の減少は売上差益の減少につながり、課税所得額の算出上原告に有利であるから、被告主張の右金額の限度で認定すべきである。〕、別紙四、(1)、番号<13>、<10>ないし<12>、及び(8)、<9>の土地、その代価併せて九六万三、〇〇〇円(六万円、一〇万円、六九万三、〇〇〇円、一一万円、前記のとおり当事者間に争いがない。)、右合計七四七万〇、九〇〇円であること、をそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠は存しない。

してみると、原告の昭和四三年事業所得の売上利益は、前記売上高九四七万一、六二二円から売上原価五万二、二〇〇円〔期首棚卸高と期中仕入高を加えた額から期末棚卸高を差引いたもの(6.630.100+993.000-7.470.900=52.200)〕を控除して、別紙二、(2)、<d>の被告主張額のとおり九三一万九、四二二円であり(これは、結果的に同<b>の本件更正処分の認定金額と一致する。)、また、<証拠略>によれば、原告が申告した必要経費のうち、租税公課中の三万六、一四〇円が過年度分の固定資産税であるため、別紙二、(2)、<c>の本件異議決定及び裁決における認定のとおり、租税公課二七万六、八一〇円、減価償却費が原告の申告を越え同様に別紙二、<7>の三五五万八、三六六円、原告の申告した給料賃金のうち、長男木須幸雄、その妻木須恵美子の分三三万六、〇〇〇円が別に専従者給与として計上されるべく、一部集計違算もあることから、同様に給料賃金一四八万三、七八六円、専従者給与三三万六、〇〇〇円とそれぞれ認められ、その余の経費は原告の申告どおり当事者間に争いがないので、同年分事業所得額も右同様、売上利益九三一万九、四二二円から別紙二、(2)、<c>本件異議決定及び裁決の認定経費八一二万二、六一〇円を差引き、一一九万六、八一二円となる。

そして、更に、別紙一、(1)、<a>の原告の申告にかかる医療費控除額一万九、〇六五円につき、<証拠略>にもみられるとおり、医療費控除は、所得税法七三条により総所得金額等の五パーセントを越え三〇万円(当時)以内の部分にのみ認められていたので、前記原告の所得を前提にする限り、控除の対象にならないこととならざるを得ず、その余の各種控除が原告の申告どおり当事者間に争いがないため、別紙二、(1)、<c>本件決定及び裁決における認定のとおり、控除額合計六三万七、八九〇円で、これを前記所得一一九万六、八一二円から差引き、課税所得五五万八、〇〇〇円(千円未満切捨)である。

以上により、結局、原告の昭和四三年事業所得の課税所得額は五五万八、〇〇〇円であり、その税額も昭和四四年法律第一四号所得税法の一部を改正する法律附則三条二項一号附則別表第一により、別紙二、(1)、<c>の本件異議決定及び裁決の六万八、〇〇〇円ということに帰し、そうすれば、国税通則法六五条により、同様に、右異議決定の税額を基準とする五パーセントの過少申告加算税三、四〇〇円の賦課もやむを得ないというほかはない。

次に、原告の昭和四五年分所得につき判断するに、同年分所得については原告自身その全部を事業所得として申告し、本訴でそれを維持しているうえ、当裁判所も右に説明したところにより事業所得であると解するので、同年分所得に関する本件の争点は、総売上高と売上利益額、及び所得算出の基礎となる各種必要経費のうち、租税公課、減価償却費、給料賃金、専従者給与の各金額であるところ、まず、右総売上高に関し、被告は、ブルドーザー工事収入金三六〇万一、七五〇円と、同年九月二五日別紙四、(2)、番号<10>の分筆後の甲二、五二三番の二を訴外松尾敏夫に分譲した代金三〇〇万円に、同年一一月一三日訴外中野勝利に分譲した同番号<11>の分筆後の甲二、五二三番の八の代金を一五〇万円とし、売上高右合計八一〇万一、七五〇円とする原告の確定申告(別紙三、(2)、<a>)に対し、右訴外中野勝利への分譲代金が一六〇万円で、一〇万円過少申告になつている点を含め、別に別紙三、(7)の各譲渡収入、及び自宅用地使用分相当額の売上計上洩れ三三万八、〇〇〇円がある旨主張し、被告は、右確定申告の点を明らかに争わず、その余につき、別紙三、(7)の各土地交換、譲渡をしたことのみ認め、その代金を確定申告のとおりである旨、抗争する。

しかし、原告が昭和四五年三月二六日本件造成後の別紙四、(1)、番号<18>の土地と別紙四、(2)、番号<2>、<3>、<9>の合筆、分筆後の同町葉蓋甲二、五二三番の六の土地、すなわち別紙三、(7)、番号<1>の各土地を宿舎敷地として電々公社に譲渡し、代償に同公社から別紙四、(1)、<20>、<21>の各土地、すなわち別紙三、(7)、番号<2>の各土地を交換取得したうえ、即日同土地を国道用地として代金六二八万二、九〇二円で国(建設省)に売却していることは、前記認定のとおりであり、また、<証拠略>によれば、前記訴外中野勝利への土地分譲代金は一六〇万円であり、原告も調査を担当した伊万里税務署職員に対し、同訴外人から小切手による入金一二〇万円と当座への入金四〇万円、計一六〇万円が右代金であることを説明していること、及び原告が同年四月一八日頃訴外山中建設と工事契約のうえ、前記造成後の別紙四、(1)、番号(7)と<14>、<15>の土地、合計地積九九七坪のうち、少くとも一〇〇坪を敷地として自家用住宅を建築し、同敷地部分を自己使用したこと、右自己使用分の造成地一〇〇坪の原価が、土地取得価格二二万七、〇〇〇円(二〇万円と二万七、〇〇〇円)を地積で按分して坪当り約二三〇円の二万三、〇〇〇円、同年分造成費坪当り三、一五〇円、一〇〇坪分三一万五、〇〇〇円を加算して、三三万八、〇〇〇円に評価されること、を認めることができ、右認定に反する証拠は存しない。

そして、右電々公社への譲渡土地の代金については、前記のとおり、原告も右交換取得土地の代価が六二八万二、九〇二円であることを争つていないうえ、交換取得土地が即日同額で国(建設省)に売却されているので、右六二八万二、九〇二円をそのまま計上するのが相当であり、また、所得税法三九条により、棚卸資産が自家用に費消された場合、その消費時における資産の価格は総収入金額に算入されるので、右原告が自家用住宅の敷地として自己使用した造成地に関しても、本来その時価相当額を売上高に算入できるところ、これを原告に有利にその原価によつた被告の主張に従い、結局、本年分総売上高は、原告の確定申告額八一〇万一、七五〇円に別紙三、(7)の各収入金合計一、二七六万五、八〇四円と右自己使用分三三万八、〇〇〇円を加算し、別紙三、(2)、<d>の被告主張額のとおり二、一一〇万五、五五四円を下らない。

ところで、昭和四三年分所得計算でも行つたとおり、棚卸資産を伴う事業取得は、一般に、当該年度の期首棚卸資産高と期中仕入高から期末棚卸高を差引いて算出される売上原価を、総売上高より控除する方法によつて行われるところ、<証拠略>、前記当事者間に争いがない事実、弁論の全趣旨を総合すれば、昭和四五年期首における右棚卸資産が別紙三、(2)、<d>及び同(3)の被告主張のとおり、別紙四、(2)、番号<2>、<3>の合筆、分筆後の土地の残地、同町葉蓋甲二、五二三番の一、約一、三二四坪、按分計算によるその代価二〇万二、五〇〇円と、同地の造成費前記認定の坪当り三、〇〇〇円(昭和四四年)として三九七万二、〇〇〇円、別紙四、(2)、番号<6>ないし<8>の合筆、分筆後の同所二、四六八番の三、約二六〇坪(元地は、別紙四、(1)、番号<7>、<14>、<15>の三筆)、按分計算により五万九、八〇〇円を越えないその代価と、同地の造成費七八万円、別紙四、(1)、番号<13>の土地、その代価六万円、同番号<10>、<11>の土地、その代価一一万円、同番号<18>の土地その代価推計按分計算による二万一、八九〇円、同地の造成費二七万九、〇〇〇円、同番号<9>の土地と同番号<8>の土地を別紙四、(2)、番号<1>により分筆後の同町葉蓋甲二、五三〇番の一の土地、その代価按分計算による約一一万円、別紙四、(1)、番号<11>の土地、その代価六〇万円、同番号<22>の土地、その代価一〇〇万円と、同地の部分造成費三〇万円、同番号<23>の土地、その代価一五〇万円、右合計八九八万四、六九〇円であること、同年期中における仕入棚卸資産が同様に別紙三、(2)、<d>及び同(4)記載のとおり、別紙四、(2)、番号<20>、<21>の前記交換取得土地、その代価六二八万二、九〇二円であること、同年期末棚卸資産も同様に別紙三、(2)、<d>及び同(5)記載のとおり、前記同町葉蓋甲二、五三〇番の一の土地につき、別紙四、(2)、番号<9>ないし<10>の分筆による分譲後の残地、同地番の約八五四坪の代価、按分計算による一三万二、五〇〇円と、同地に投入された造成費を前記認定の昭和四五年の坪当り三、一五〇円に評価した二六万九、一〇〇円、前記同所二、四六八番の三の土地のうち、約一〇〇坪を自家用宅地に使用した残地約一六〇坪、按分計算により三万六、八〇〇円を越えないその代価と、同地の造成費五〇万四、〇〇〇円、前記別紙四、(1)、番号<13>、同番号<10>、<11>の各土地と、前記同町葉蓋甲二、五三〇番一の土地、別紙四、(1)、番号<11>の土地、その代価併せて八七万円(前記六万円、一〇万円、一一万円、六〇万円)、前記別紙四、(1)、番号<22>の土地、その代価一〇〇万円と、同地の部分造成費六八万円、同番号<23>の土地、その代価一五〇万円、右合計七三六万三、四〇〇円であること(但し、別紙四、(1)、番号<19>の土地、別紙四、(2)、番号<8>の分筆後の同町葉蓋甲二、四六八番の一九等は公衆用道路に地目変更されていて、棚卸資産高に計上されていない。)、を認めることができ、右認定に反する証拠は存しない。

してみると、原告の昭和四五年事業所得の売上利益は、前記売上高二、一一〇万五、五五四円から売上原価七九〇万四、一九二円〔期首棚卸高と期中仕入高を加えた額から期末棚卸高を差引いたもの(8.984690+6.282.902-7.363.400=7.904.192)〕を控除して、別紙三、(2)、<d>の被告主張額のとおり一、三二〇万一、三六二円であり(これは、結果的に同<b>の本件更正処分の認定金額と一致する。)、また、<証拠略>によれば、原告が申告した必要経費のうち、租税公課中の贈与税一三万〇、七〇〇円が原告自身の負担すべきものでなく、固定資産税も四万五、二三〇円を越える一二万八、五二〇円が同年に負担実績のないものであるため、別紙三、(2)、<c>の本件異議決定及び裁決における認定のとおり、右合計二五万九、二三〇円を差引き租税公課四二万九、〇五〇円、減価償却費が原告の申告を越え同様に別紙二、(6)の三三九万〇、七五〇円、原告の申告した給料賃金及び専従者給与がそれぞれ集計違算により、同様に給料賃金一〇九万六、二〇〇円、専従者給与六三万九、八八〇円とそれぞれ認められ、その余の経費は原告の申告どおり当事者間に争いがないので、同年分事業所得額も右同様、売上利益一、三二〇万一、三六二円から別紙二、(2)、<c>本件異議決定及び裁決の認定経費七九〇万四、八四七円を差引き、五二九万六、五一五円となる。

しかして、同年分所得に関する各種控除については、別紙二、(1)、<a>の原告の申告どおり当事者間に争いがないので、課税所得額も、右事業所得五二九万六、五一五円から別紙二、(2)、<c>の本件異議決定の控除額合計七五万八、三〇〇円(右原告の申告に同じ)を差引き四五三万八、〇〇〇円(千円未満切捨)となり、結局、その税額は、昭和四六年法律第一八号所得税法の一部を改正する法律附則三条二項一号附則別表第一により、右異議決定及び裁決の一一四万七、八二〇円(4.539.000×0.39-622.000=1.147.820)であり、そうすれば、国税通則法六五条、三五条二項により、同様に、右異議決定の税額から既納付の五万三、二〇〇円を控除した残額一〇九万四、六二〇円を基準に、五パーセントの過少申告加算税五万四、七〇〇円(一〇〇円未満切捨)の賦課もやむを得ないところである。

よつて、本件各更正処分(但し、いずれも異議決定により一部取消がなされた後のもの)及び過少申告加算税の賦課処分は、いずれも相当といわざるを得ず、原告の本訴各請求は理由がないことに帰するので、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中貞和 蓑田孝行 嘉村孝)

別紙一(1)、(2)<略>

別紙二

(1)ないし(7)<略>

(8)、土地譲渡収入金

譲渡年月日

譲受人

物件

地目・地積(坪)

収入金額(円)

<1>四三、二、一四

東島計介

伊万里市大坪町葉蓋甲二、五三〇ノ二

山林 三〇二

一〇〇、〇〇〇

<2>四三、九、二四

井田正夫

甲二、五二三ノ二

宅地 六三・二四

六九三、〇〇〇

<3>四三、九、二四

小島学

甲二、五二三ノ三

宅地 七七・二〇

七〇〇、〇〇〇

<4>四三、一〇、三〇

末永利夫

甲二、五二三ノ四

宅地 八一・三四

一、〇〇〇、〇〇〇

<5>四三、一〇、三〇

長谷川裕好

甲二、五二三ノ五

宅地 八一・三三

九〇〇、〇〇〇

合計

三、三九三、〇〇〇

別紙三

(1)ないし(6)<略>

(7)、土地譲渡収入金

譲渡年月日

譲受人

物件

地目・地積(坪)

収入金額(円)

<1>四五、三、二六

日本電信電話公社

伊万里市大坪町葉蓋甲二、四六八ノ一四

山林 九三

六、二八二、九〇二

甲二、五二三ノ六

宅地 二三五・八七

<2>四五、三、二六

建設省

伊万里市新天町坂口九一ノ一

宅地 二〇・八七

六、二八二、九〇二

九二ノ二

宅地 三〇二・八

<3>四五、一一、一三

中野勝利

伊万里市大坪町葉蓋甲二、五二三ノ八

宅地 八〇・三

一〇〇、〇〇〇

別紙 四

(1)、原告の土地取得

取得年月日

譲渡人

取得名義人

物件

地積・地積(坪)

取得金額(円)

<1>三九、四、二七

東島計介

原告

伊万里市大坪町葉蓋甲二、四七六

原野 三六・〇六

<1>から<6>までの合計

二五〇、〇〇〇

<2> 〃

甲二、四七七

原野

一、三〇三・〇三

<3> 〃

甲二、五二一

山林

一一九・〇九

<4> 〃

甲二、五二二

山林 六九・〇九

<5> 〃

甲二、五二三

原野 八三・〇三

<6> 〃

甲二、五二四

原野 三〇・九

<7>四三、二、八

甲二、四六八ノ三

山林 八四八

二〇〇、〇〇〇

<8>四一、九、一六

久保田康満

木須ワノ

伊万里市大坪町学校裏甲二、五三〇

山林 五二二

<8><9>の合計

二一〇、〇〇〇

<9> 〃

甲二、五三一

山林 一一五

<10>四三、二、一四

東島計介

甲二、四八六ノ一

山林 一〇八

<10><11>の合計

一〇〇、〇〇〇

<11> 〃

甲二、四八六ノ二

山林 九八

<12>四三、九、二四

井田正夫

甲二、五三五ノ三

原野 八一・三七

六九三、〇〇〇

<13>四一、七、二〇

松尾栄

木須幸雄

伊万里市大坪町葉蓋甲二、四八五ノ一

山林 八五

六〇、〇〇〇

<14>四四、六、三〇

岡田政利

原告

甲二、四八四ノ四

山林 六一

<1><2>の合計

二七、〇〇〇

<15> 〃

甲二、四八五ノ二

山林 八八

<16>四四、九、三

泉清

同町学校裏甲二、五四一

山林 一一七

六〇〇、〇〇〇

<17>四四、一〇、二一

東島計介

同町葉蓋甲二、四六八ノ一三

山林 一一一

<18>四四、一〇、二一

東島計介

原告

伊万里市大坪町葉蓋甲二、四六八ノ一四

山林 九三

<19>四四、一一、二九

市丸克彦

甲二、四六八ノ二一

<20>四五、三、二六

日本電信電話公社

同市新天町坂口九一ノ一

宅地 二〇・八七

<20><21>の合計

六、二八二、九〇二

<21> 〃

九二ノ一

宅地 三〇二・八〇

<22>四四、六、一三

野村勝代

木須ワノ

同市大坪町学校裏甲二、五三七

原野 一、五四八

一、〇〇〇、〇〇〇

<23> 〃

山代二三男

同町学校裏甲二、五三六ノ一

雑種地 二一八

一、五〇〇、〇〇〇

(2) 取得土地の分筆、合筆経過

年月日

従前の土地

地目・地積(坪)

分筆、合筆の別

分筆、合筆後の土地

地目・地積(坪)

<1>四三、一、二五

伊万里市大坪町学校裏

甲二、五三〇

((1)、番号<8>の土地)

山林 五二二

分筆

葉蓋甲二、五三〇ノ一

山林 二一九

甲二、五三〇ノ二

山林 三〇二

<2>四三、九、二四

伊万里市大坪町葉蓋

甲二、四七六

((1)、番号<1>の土地)

原野 三六・〇六

合筆

甲二、五二三

宅地

一、六二七・五九

甲二、四七七

((1)、番号<2>の土地)

原野

一、三〇三・〇三

甲二、五二一

((1)、番号<3>の土地)

山林 一一九・〇九

甲二、五二二

((1)、番号<4>の土地)

山林 六九・〇九

甲二、五二三

((1)、番号<5>の土地)

原野 八三・〇三

甲二、五二四

((1)、番号<6>の土地)

原野 三〇・九

<3>四三、九、二四

甲二、五二三

(右<2>欄合筆後の土地)

宅地

一、六二六・五九

分筆

甲二、五二三ノ一

宅地

一、三二四・四七

甲二、五二三ノ二

宅地

六三・二四

甲二、五二三ノ三

宅地

七七・二〇

甲二、五二三ノ四

宅地 一〇〇・六〇

甲二、五二三ノ五

宅地 六二・〇七

<4>四三、一〇、三〇

甲二、五二三ノ四

(右<3>欄分筆後の土地)

宅地 一〇〇・六〇

合筆

甲二、五二三ノ一四

宅地 一六二・六七

甲二、五二三ノ五

(右同)

宅地 六二・〇七

<5>四三、一〇、三〇

甲二、五二三ノ一四

(右<4>欄合筆後の土地)

宅地 一六二・六七

分筆

甲二、五二三ノ四

宅地 八一・三四

甲二、五二三ノ五

宅地 八一・三三

<6>四四、八、一一

甲二、四六八ノ三

((1)番号<7>の土地)

山林 八四八

合筆

甲二、四六八ノ三

山林 九九七

甲二、四八四ノ四

((1)番号<14>の土地)

山林 六一

甲二、四八五ノ二

((1)番号<15>の土地)

山林 八八

<7>四四、一〇、二一

甲二、四六八ノ三

(右<6>欄合筆後の土地)

山林 九九七

分筆

甲二、四六八ノ三

山林 七九五

甲二、四六八ノ一五

山林 二〇二

<8>四四、一一、二八

甲二、四六八ノ三

(右<7>欄分筆後の土地)

山林 七九五

分筆

甲二、四六八ノ三

山林 二六一

甲二、四六八ノ一六

山林 九六

甲二、四六八ノ一七

山林 三〇五

甲二、四六八ノ一八

山林 一〇〇

甲二、四六八ノ一九

山林 三三

<9>四五、三、二四

甲二、五二三ノ一

(右<3>欄分筆後の土地)

宅地

一、三二四・四七

分筆

甲二、五二三ノ一

宅地

一、〇八八・一

甲二、五二三ノ六

宅地 二三五・八七

<10>四五、九、七

甲二、五二三ノ一

(右<9>欄分筆後の土地)

宅地

一〇八八・一

分筆

甲二、五二三ノ一

宅地 九三四・一

甲二、五二三ノ七

宅地 一五四

<11>四五、一一、一〇

甲二、五二三ノ一

(右<11>欄分筆後の土地)

宅地 九三四・一

分筆

甲二、五二三ノ一

宅地 八五四

甲二、五二三ノ八

宅地 八〇

(3)、売却或いは交換

譲渡年月日

譲受人

物件

地目・地積(坪)

収入金額(円)

四四、六、一〇

松尾伝次

伊万里市大坪町葉蓋甲二、五三五ノ三

((1)、番号<12>の土地)

宅地 八一

一、二八〇、〇〇〇

四四、一〇、二一

東島計介

甲二、四六八ノ一五

((2)、番号<7>欄分筆後の土地)

山林 二〇二

(1)、番号<17><18>と交換

四四、一二、一九

川原国次

甲二、四六八ノ一八

(右<8>欄分筆後の土地)

山林 一〇〇

一、五〇〇、〇〇〇

大蔵省

甲二、四六八ノ一六

(右<8>欄分筆後の土地)

山林 九五

七、五〇〇、〇〇〇

大蔵省

甲二、四六八ノ一七

(右<8>欄分筆後の土地)

山林 三〇五

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